碁石茶は、高知県大豊町で作られている発酵茶です。すっぱさの中にまろやかな甘味があり、芳醇(ほうじゅん)な香りがします。すっぱさは、「カビ付け」と「漬け込み」という2段階の発酵によるものです。摘み取った茶葉をすぐに蒸して酸化酵素を止めるところは緑茶と同じですが、その後で乳酸菌などの微生物の力によって長時間発酵させます。このように作られるお茶のことを「後発酵茶」といい、プーアル茶などもその仲間です。
瀬戸内海の島々で碁石茶の茶(ちゃ)粥(がゆ)が好まれたため、古くから土佐の嶺北地方の山村で盛んに作られ販売されて、主要産物のひとつとなっていました。江戸時代の『南路志』(文化12年、1815)に碁石茶の記述がみられます。
しかし、過疎高齢化が進み、需要も減少したことから、昭和50 年代後半には碁石茶の生産者は大豊町の小笠原家わずか1軒となりました。その後、健康食品としてテレビ等で紹介されたことにより平成17 年(2005)には生産農家が9軒まで増えていましたが、再び減少して現在では大豊町の3か所(株式会社大豊ゆとりファーム・小笠原家・北窪家)で製造されています。
このたび、令和8年3月24日付けで「大豊の碁石茶製造技術」が国の重要無形民俗文化財に指定されました。すでに同文化財に指定されていた徳島県の「阿波晩茶」と愛媛県西条市の「石鎚黒茶」に続く快挙です。これで、四国山地の発酵茶仲間が揃い踏みです。
その前段階で大豊町は、国庫補助事業として国選択記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財「四国山地の発酵茶の製造技術」における「碁石茶製造技術調査事業」を令和4年度から3年間にわたり実施しました。碁石茶製造技術調査委員会委員には濱田眞尚元副館長とともに加わり、聞き取り調査や、写真と映像による記録を行い、報告書の刊行に協力しました。大豊町のホームページで報告書が公開されているので、ぜひご覧ください。いかに手間をかけ思いをこめて作られているかがわかる製造工程が記録され、碁石茶の歴史や地域性、科学的な価値などが記述されています。あわせて映像も公開されています。
さて、筆者がはじめて大豊町で調査したのは隠居制についての卒論を書くためで、高知市内から原付で根曳(ねびき)峠を越えて約2時間かけて通いました。当時、見ず知らずの学生に対して聞き取り調査にご協力くださったうえに、昼食をふるまい、家に泊めるなど温かく迎えてくださった大豊町の方々には感謝しかありません。
微力ながら恩返しができればと願って今回の調査に臨みましたが、大豊町役場の方々にはドアツードアでご案内いただき、生産者の方々には調査に全面協力いただき、おいしい碁石茶をごちそうになるなど、さらに恩を受けてしまいました。なお、かつては瀬戸内海の島々への販売に特化して生産者は飲まなかった碁石茶ですが、調査時には生産者の方々も日常で飲むようになっていました。身近な人に「調査している」と言うと「碁石茶をずっと飲んでいる」と返されることも多く、碁石茶ファンが増えていると実感した日々でもありました。
また、さまざまな分野の先生方との報告書の共同執筆はたいへん勉強になり、碁石茶だけでなく釜炒り茶の項も担当して、茶に対する関心が広がりました。この原稿を書いているのは令和8年3月30日です。7年度末で筆者は退職しますが、在職中に碁石茶の調査に携われたのは、本当にありがたいことでした。
碁石茶は「日本の食文化」のひとつですが、継続的に飲むことで生活習慣病リスクを減らしたり、インフルエンザの予防効果が期待できる健康茶でもあります。健康志向の高まりの中で碁石茶にますます注目が集まっています。
さらに今回の指定を機に碁石茶の価値や魅力への理解が深まり、大豊の碁石茶製造技術が末永く受け継がれていくことを願ってやみません。
