

四国侵攻の実態に迫る!
戦国武将・長宗我部元親は、岡豊城を拠点として天正3年(1575)に土佐を統一し、その後、四国制覇を目指しました。しかし、近年の文献史料の研究によると、四国全土の掌握には至っていないとされ、どのようなルートで四国の各地に侵攻したのかについては、未解明な部分もあります。
一方、城郭研究においては、阿波・讃岐・伊予へ勢力拡大を図った長宗我部勢が、四国の各地に長宗我部流ともいえる防御施設を備えた城を再構築していることが示されつつあります。これらの城を点と点でつないでいくことにより、長宗我部勢の侵攻ルートが少しずつ明らかになってきています。
また、岡豊城については、最新の調査研究により、織田信長の岐阜城と共通する部分がある、と指摘されており、城づくりの面においても、中央政権の関わりがあったと考えることができます。
本展では、主に城郭研究の成果をもとに、城の縄張図や出土資料、今回初の試みとなる生成AIによる城郭想像復元イラストなどを展示し、長宗我部元親の四国侵攻ルートと四国制覇の実態に迫ります。
